●なんとなくヤフーを見ると、高田渡の訃報。えっ?
●岐阜出身の大好きな人は何故早く死んでしまうのか。
どんとも高田渡も死ぬのが早すぎる。
なぜ山本寛斎じゃなくて、どんとなのか。
なぜ橋本真也じゃなくて、高田渡なのか。
●高校の時、なんとなく手に取った「ごあいさつ」を買って以来、こんなに聞きつづけている人はいないんじゃないかっていうくらい高田渡をずっと聞いている。友部正人もピート・シガーもベルウッドもURCも山之口獏もすべて彼を通してだった。大学に入ってから大学近くの喫茶店ココア堂で彼のライブがあったとき、最前列にすわって膝がぶつかるくらいの距離で歌を聞いたのが忘れられない。あまりにも近いので、今にも唾が飛んできそうなのだけど、高田渡は唾をとばさない。いや実際はピュンピュンとんできていたのかもしれない。でもやっぱり高田渡は唾をとばさない。今月末に東京に戻ってくる「タカダワタル的」を観に行くのを楽しみにしていた矢先のこと。この間、トリビュートアルバムが出たばかり、そのライナーで彼が言っていた。
母が亡くなったのは、僕が8歳で母は49才だった。母の歳はなんとか越えた。父が亡くなったのは、62才の少し前だった。僕は18になっていた。この頃、ギターを持っていた。あっという間だった。父を越える事はできないが、もう少し何かをしたいと思っている。
病気のくり返しなのに、反省してない。そんな僕に、僕が想っているだけかもしれないがとてもステキな友人がいる。
そんな友人達が「トリビュート」をつくってくれた。
本当にうれしく思っている。僕はまだ元気なのだが...。
これなら生前葬で前金もらって、「いつかきっと死ぬから一口以上でよろしく...。」と元気でいます。
死ぬまで生きます。
話が違う。すごく悲しい。
仕事たまってるけど、今日は昼から渡聞きながら酒だ。
というか、もう飲んでいる。
投稿者 ta : 2005年4月16日 16:44